「駿図雑志」 によると、元和9年(1623年)3月8日、江戸城西の丸において催された花見の席で、天海大僧正が、昼寝をしたときの枕が、駿河名物の「竹細工篭枕」となっております。なお、徳川家康公は、元和2年(1616年)に亡くなっています。
竹の枕が珍しかったんでしょうかね。時代劇では、木でできた堅そうな枕は、でてきますが、竹のってあまり出てきませんものね。
ぼくは、籐のまくらがお気に入りです。夏、気持ちいいですよね。
さて、天海さんですが、徳川家康公を「権現」という神様にしたり、上野の寛永寺を作ったりしました。
時代劇では、不敵な悪役で出ることもありますね。(笑)
一説によると、光秀に本能寺の変をそそのかせた家康が、秀吉に負けた光秀をこっそりとかくまい天海に変身させたそうです。
「駿河竹千筋細工」には、あんまり関係ありませんが。(^^;